日本の大学ではあまり教えられていない国家のパワーバランスについての学問、地政学の基本の解説書です。オールカラーで全ページ図入りとわかりやすい書き方になっています。
この本は以下の4つの章で構成されています。
1 基本的な6つの概念
2 日本の地政学
3 アメリカ・ロシア・中国の地政学
4 アジア・中東・ヨーロッパの地政学
世界への影響力がある大国、アメリカと中国、ロシアの動きをベースに、他の国々がどのようなスタンスをとっているのかの動きも併せて解説されている感じです。
それでは各章ごとの感想を
1 基本的な6つの概念
まず地政学の基本的な6つの概念について解説しています。
基本的な概念1 地政学を駆使すれば世界を「コントロール」できる!?
地政学の最大のメリットとして自国を優位な状況に置きながら、相手国をコントロールするための視点が得られることを挙げ、解説しています。
基本的な概念2 他国をコントロールする戦略「バランス・オブ・パワー」は、要するに猿山理論
バランス・オブ・パワーは勢力均衡とも呼ばれ、例えば、1位の国が勢力を増した2位の国に対し、3位以下の国と協力しながら挟み込んで国力を削ぐというもの。2位以下の勢力を均一化し、抵抗を不可能にするという考えかたで、内容的には、猿山のボスと、その他の猿の力関係のようなシンプルな理論です。
基本的な概念3 「チョーク・ポイント」をおさえて国家の命綱である「ルート」を支配する
ルートとは海路のこと。大規模な物流の中心は海路であり、国家の運営においてルートは命綱 チョーク・ポイントとはこのルートを航行するうえで絶対に通る、海上の関所。
ゆえにチョーク・ポイントをおさえることが重要で、事実アメリカ海軍が多くのチョーク・ポイントをおさえている。
基本的な概念4 国際的な紛争に見え隠れする「ランドパワー」と「シーパワー」の正体
「ランドパワー」とは、ユーラシア大陸にある大陸国家のことで、ロシアやフランス、ドイツが該当。「シーパワー」とは国境の多くを海に囲まれた海洋国家のことで、日本やイギリス、アメリカが該当。大きな国際紛争は常にランドパワーとシーパワーのせめぎあい
もう1つランドパワーとシーパワーは両立できないとされています。
基本的な概念5 大きな紛争は「ハートランド」のランドパワーと「リムランド」のシーパワーの衝突
ハートランドとは、文字通りユーラシア大陸の心臓部で、現在のロシアのあたり。一方リムランドは、主にユーラシア大陸の海岸線に沿った沿岸部。他国に影響力を持つにはこのエリアの支配が重要です。リムランドは「ハートランドのランドパワー」と「周辺のシーパワー」という勢力同士の国際紛争が起こる場所となっています。
基本的な概念6 国同士の衝突の火種に!?コントロールに必須の「拠点」の重要性
相手をコントロールするのに重要なのが、足がかりとして”拠点”をつくること。あるエリアをコントロールするには、その付近に拠点を作り、レーダーで監視をしたり、軍隊を駐屯するなどして影響力を保持します。
国と国の小競り合いを見ると、コントロールに必須の拠点争いが原因であることが多い。
まとめると、地政学とは地理的に衝突が頻発する三大エリア(アジア、中東、ヨーロッパ)をめぐる国のふるまいの研究のことであるということができます。地理的条件から力関係などを考えていく学問という感じでしょうか。
2 日本の地政学
地政学的に見ると日本は
①長きにわたり内向きのランドパワー国家(江戸時代後期まで)
↓
②海洋へ進出し、ランドとシーの両立を目指すも失敗(明治~昭和初期)
↓
③アメリカの傘のもと、大きな力を持つ。(第二次大戦以降)
という歴史的変遷を辿ってきている。
・攻めにくい自然環境&自給できる国土により独立を守る。
・長らく中国と朝鮮半島のランドパワー勢力と対立。韓国がある現在は例外的な時代。
という特徴も持つ。
北方領土が返還されない理由や沖縄米軍基地が完璧な拠点である理由などについても解説しています。
沖縄がICBMを使えば、モスクワ、北京など世界の主要都市を射程に収められる位置にあるということから沖縄に基地が集中する地政学的理由が理解できました。
そして、このことから地政学的観点から見ると、今の外交問題がなぜこうなっているのか、その理由がつかめたと思います。
アメリカ海軍が日本の石油輸送ルートの護衛をして安全保障をしているという話も出てきて、やはり日米同盟は現在の日本を形作る大切な要素となっていること感じました。
北朝鮮のミサイル発射問題はもしアメリカ本土でされていたら、北朝鮮を空爆するレベルだとも書かれており、確かにそのくらいのことをしてるよなぁと笑ってしまいました。あまり笑い事ではありませんが。日本国民は結構マヒしているのかもしれないです。
3 アメリカ・ロシア・中国の地政学
①アメリカの地政学について
・国境の多くを海に囲まれ周囲に拮抗する勢力ももたない「孤立した大きな島」だからこそ、・他国への介入が可能で巨大なシーパワー国家になることができた。
アジア、ヨーロッパ、中東の世界三大戦略地域に関わり、ユーラシア大陸をコントロールしてきた。
というのがアメリカの地政学上の特徴です。
中国の急成長からアジアへの関わりを強めています。一方で、シェールガスによって自国で石油生産が可能となったことから中東の重要性が薄れ、本音では手を引きたいようです。ヨーロッパではロシアとの緩衝地帯としてポーランドとトルコを重要視しています。
世界の警察はやめるといったアメリカですが、いまだ世界各国への影響力は強大で、中国の問題もありますし、しばらく世界の地政学の問題の中心に居続けると思います。日本は日米同盟を結んでいて運命共同体なところもあり、これからアメリカがどう動くのか注視していかなければならないところですね。
②ロシアの地政学について
・五大南下ルートと新北極海ルートという6つの海外進出ルートがあり、それが政策の中心となっている。
・広大な領土を守るため、周辺を協力関係の国で固めてバッファーゾーンをつくる
・旧ソ連崩壊後の独立国は「本来は自分のものだが失った領土
というのがロシアの地政学上の特徴です。
ロシアが昔から不凍港を求めて、南へ攻め入る南下政策をとっていることは有名ですが、現在でもやはり南下が重要なようです。海洋航海技術の進歩で北極海を通るルートを構築できたというのもかなりのインパクトがあったようです。
旧ソ連崩壊後の独立国は「本来は自分のものだが失った領土というのもロシアらしいというかなんというか。 旧ソ連崩壊後の独立国の多くでは歴史の教科書でロシアをこき下ろしているそうなので、再びロシアと一緒になりたい国はあまりなさそうですが。
③中国の地政学について
・はるか昔から、国土の広さのせいで周辺国から攻められる恐怖心が
・漢民族のほかに50以上の少数民族がいる
・中国史上2度目のシーパワー国家を目指す。ランドパワーとシーパワーの両立を目指いている。
というのが中国の地政学上の特徴です。
中国の領土が確定したため、海洋進出に乗り出したということですが、実は民族問題をまだ抱えているという問題があります。また今までの歴史上ランドパワーとシーパワーの両立を目指して成功した国はなく、中国も大丈夫なのか不安がぬぐえません。
新型コロナウイルス後の世界は中国がさらに台頭すると見られています。コロナで貿易が制限されている他の国々に比べて、中国はある程度自国内で経済を回せるからです。世界各国の中でコロナからいち早く立ち直ったという事情もあるでしょう。
今、中国は経済面でも、政治面でも勢いがあり、日本が学ぶべきところも多くあると思います。しかし、同時に香港の例など、国内で規制や締め付けを強めており、さらに貧富の格差も開いていく中で国民の不満がかなりたまっているのではないかとも私は感じています。
中国は企業の発展も、技術の革新も著しいですし、今後も間違いなく発展していくでしょう。でもその一方で国の形に色々と無理があり、いつか限界を迎えて破綻してしまうのではないかという危うさもあります。
日本にとっても存在感のある国で、今後良い方に進もうと、悪い方に進もうと、強い影響を受けることになるので、こちらも動向を絶えず注視していく必要がある国ですね。
4 アジア・中東・ヨーロッパの地政学
①アジアの地政学について
・大国を天秤にかける駆け引きが得意な小国が集まる地域。
・東南アジアはインド・中華・ペルシャの3つの文化圏に分かれている。
というのがアジアの地政学上の特徴です。
海洋国家、アメリカと大陸国家、中国の間で翻弄される国々がアジアの国々です。それぞれの事情に従いアメリカ側になるか、中国側になるかを決める駆け引きを常に迫られています。
安全保障はアメリカを頼り、経済は中国に頼るといった形です。この中で発展著しいインドは中国と石油ルートの主導権を始め、対立しています。
インドも勢いがある国で経済発展はもちろん、人口も増加していっており、近い将来、影響力が大きな国になるポテンシャルを秘めています。
中国とアメリカ、中国とインドの対立がどうなっていくかを注視していくことが、今後のアジア情勢を占うことになっていくでしょう。
②中東の地政学について
・古くは貿易の中継地、近年は石油の産出地として常に世界の要所となっています
・オスマン帝国の時代は平和だったが、現在は世界で最も混迷を極めるエリアに
・中東が混迷する原因の1つは、英仏露が人工的に領土分割したサイクス・ピコ協定
というのが中東の地政学上の特徴です。
サイクス・ピコ協定とは、民族、宗派などの分布を無視して、英仏露の都合で中東を分割した協定のことです。
本来国を分けるべき境界ではないところで分割した結果、
ⅰ宗教や民族的に統一感がなく、国への帰属意識や、国を立て直す意識が低い、
ⅱ長らく他国が統治する傀儡国家だったため自ら統治しづらく、独裁的な指導者でないと国を治めにくい
という状況になってしまいました。
更にイギリスはサイクス・ピコ協定と矛盾する密約を2つ結んでいます。バルフォア宣言とフサイン・マクマホン協定です。バルフォア宣言とはユダヤ人から戦費提供を受ける代わりにパレスチナにユダヤ人国家を認めるというもの。もう1つ、フサイン・マクマホン協定でアラブ人がオスマン帝国に反乱すれば、アラブ人国家建設を約束するという密約を結んでいます。
要するに大戦での協力を取り付けるため、ユダヤ人に、パレスチナにユダヤ人国家を作ってもいいよと言いつつ、アラブ人にもパレスチナにアラブ人国家を作ってもいいよと言い、更にパレスチナを英仏露で分けたということです。
このイギリスの三枚舌外交の結果、ユダヤ人がパレスチナに移住してイスラエルを作り、元々住んでいたアラブ人は追い出されるということになってしまい、アラブ人国家と、イスラエルの間で何度も戦争が起きました。これを中東戦争と言います。
現在では両者が二国共存を認めていますが、協定に反対する過激派組織によるテロが頻発し、和平交渉は頓挫してしまいました。
この他、アメリカとイランの対立なども複雑に絡み合って中東情勢は混迷を極めています。この状況の解決のためにはまだまだ時間がかかりそうです。
③ヨーロッパの地政学について
・ヨーロッパは大きな半島。揺れ動きが激しく、安定しづらいという特徴があります。大国同士のせめぎ合いの影響を受け続ける地域だと言えます。
・ヨーロッパ諸国が締結しているのが政治経済の「EU」と軍事の「NATO」
というのがヨーロッパの地政学上の特徴です。
「EU」とはヨーロッパ諸国で政治や経済の協力をする統合体のことで、加盟国で人やモノ、サービス、資本の自由な移動や通貨の統一などの取り決めをしています。
「NATO」とはロシアに対抗するアメリカが盟主の軍事同盟のことで、主に旧ソ連、現在はロシアのヨーロッパ進出に対抗するための軍事的な同盟となっています。
ここではイギリスのEU離脱、ドイツが優勢なのはEUのおかげ、ギリシャを救ったのは地政学的な優位性?などのテーマを取り扱っています。
まとめ
色々な国が取り上げられていますが、特に注目すべきなのはやはりアメリカと中国です。著者もこれからはアメリカと中国の新冷戦の時代に入ると述べています。これまでの秩序が一新され、新しい世界になる可能性があるとのことです。
新冷戦によって国同士の代理戦争、もしくはある国の中で、アメリカと中国が支援する2つの派閥が争う内戦が引き起こされると見込まれており、日本でも親米派、親中派の分断が深まることが予想されています。どちらが優位になるかが、日本がこれからどうなっていくかを決める別れ道となるでしょう。
両者のどちらが優位となるかは時間が過ぎるまで誰にもわからないことでしょうが、私としてはアメリカ優位となっていくのではないかと思っています。
自分の希望的観測にすぎないかもしれませんが、現在の中国は破綻に向かうような歪みが多くみられるような気がするのです。過度な国の規制統制やそれによって起こる政治的、経済的な混乱、いわゆるチャイナリスクをいつまでも力で押さえつけるのは無理があるのではないかと思うからです。
一方でアメリカでもアメリカの分断を広げたトランプ大統領が登場するなど、国が低迷するかもしれない予兆と感じられる出来事があります。経済状況は右肩上がりで回復しているもののアメリカ国内での分断も深刻で今後のバイデン大統領のかじ取り次第では、国の権威が失墜する可能性もないわけではありません。
このようなことから、もしかしたらアメリカと中国が相打ちのように国力を落として、新しい国が漁夫の利的に覇権をとる可能性もあるかもしれません。
しかし、今後の日本のかじ取りを決める際、アメリカと中国を天秤にかけなければならないのは確実で、少なくともしばらくはこの2国を中心とした世界になっていくと思います。私としてはこの2国が力を削り合いながらも、最終的にはアメリカ優位で落ち着くのではないかと思っているのですが。なので親米派の路線に賛成する立場です。そちらの方が中国につくよりも暮らしやすい自由な社会になると思っているからという理由もあります。
いずれにせよ今後の世界はアメリカと中国を中心として変化の激しい変化が続く時代となっていくでしょう。今回この本を読んで、まとめてみて整理できたので良かったと思います。図解入りでわかりやすく、詳しく解説されているので、世界情勢について学びたいという方々にはお勧めできる本だと思っています。
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